On The Board/Raymond Kane

Raymond Kane0262009/10月のON THE BOARD Music Column.

With Ray and Elodia in Nanakuli!

RAYMOND KANE/”Punahele”

いつ頃だっただろう? 俺の頭にはまだ髪の毛があって、おなかが引っ込んでいた。まだロングボ−ドは持っていなかったし…音楽プロデューサーという仕事をやっていた。まだ家族もいなかったから、生活は自由で楽だった。おっと、間違えないで、家族があることはすばらしいよ。また別の自由がある。でもその頃は本当に勝手に生きていた。みんなそんな時期はあるだろう? 好きな仕事をして、好きなときに休みを取っていた頃。

音楽プロデューサーは、ひと言でいえばレコードを作る仕事。俺が企画するアルバムはほとんどハワイアンだった。当時はジャワイイアンと呼ばれるジャンルで、ハワイアンとレゲエのミックスだ。実は心の奥底では、ハワイでアルバムを作れば、ついでにサーフィンできるなんて考えていたんだ。でもそんなこんなしていたら他のハワイの仕事も入るようになってしまった。

そんな仕事のひとつに、ハワイのテレビCMの音に

使う、オーセンティックなハワイアン音楽を見つけてくれという依頼があった。勢いでも仕事を受けてしまったけど、そういった音楽はまったく知らなくて途方に暮れた。ハワイでさまざまなギターリストに会ってオーディションもしてみたけど、なかなか見つからなかった。そんな時、あるスタジオのエンジニアが、いい人がいると教えてくれた。スラックキーギターリストのレジェンド、レイモンド・カーネさんだという。そこで俺は彼が住んでいたオアフ島の西側にあるナナクリという町までたずねていった。た観光客はほとんど行かないローカルな街だった。家を見つけて車を止め、ゲートから入ろうと思ったら、背の低いまるっこいハワイアンのおじさんが笑いながら、俺に向かって叫んできた。「車を乗って帰りたいんだったら、庭に入れた方がいいよ。ここら辺の若者達は知らない車にはイタズラするよ、特にレンタカーはね」

Raymond Kane025

最初から抱きついてくるようなアロハのスピリットで、俺を受け入れてくれた。家に上がって、彼と彼の奥さんのエロディアと話し始めると、仕事の内容も説明する前から笑いながら彼はギターを出して、スラックキーギターのことを説明してくれた。そして彼は真剣な顔で、ギターを口にくわえてみてくれと頼んできたんだ。俺は冗談かどうかわからなかったので、ギターをくわえた。すると彼は弾き始めたんだ。ギターの振動が俺の歯を通って、俺は身体全体でスラックキーの音楽を感じた。彼に仕事の内容を説明すると、ふたつ返事だった。スタジオで2曲レコーディングし、仕事は無事におわった。そのあと俺はスラックキーギターのことを調べ始めたんだ。すると知れば知るほど、レイがどんな人かわかってきた。本当にハワイに住むスラックキーギターの最後の名人だった。それなのに、何にも知らない俺達に嫌な顔せず、全然偉そうな態度も取らなかった。それからというもの、ハワイに行くたびに彼に会いに行って生のギターを聞かせてもらった。彼の家のリビングで聴いたあのスラックキーギターは一生忘れられない。

でも気になることがふたつある。ひとつは最初の仕事で2曲レコーディングした時、ハワイの曲を注文したのに一曲はパリの歌だったこと。ハワイ語を分からない俺へのジョークだったのかな? そしてもうひとつ。俺にギターをくわえろって言ったのも、ジョークだったのか? 俺は最後まで、聞くことができなかった。

彼は2008年に亡くなった。アルバムをたくさんは出さなかったけど、この一枚があればいいというぐらい『プナヘレ』は本当のハワイのトラディショナルなスピリットを感じさせてくれるものだ。

CAP

これは20年ぐらい前だったと思う。彼と彼の奥さんと撮った写真だ

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