
Free And Easy 2010四月号
今発売されているFree And Easyにインタビューがのっています


実は俺のインタビューじゃなくて、家の取材なんだけどね。(笑)
Support the arts, but the magazine!

Free And Easy 2010四月号
今発売されているFree And Easyにインタビューがのっています


実は俺のインタビューじゃなくて、家の取材なんだけどね。(笑)
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OKAY, INTERSTYLE is just work right!!!
PHOTO BY TIMMY!
今年のインタースタイルのパーティーは横浜のサムスアップで17日に行われました。
ファーストアクトはマシューピッツ、残念ながら彼のライブには間に合わなかったんだ。
次はケイソン。最高。彼がギター一本で客をあんなに乗せるのはすごいよね。


そして、とりは湘南のテストライダーズ。写真を見るとわかると思うけど、パーティータイム!!!!
Wow!
ビルの6階から落とせば
いくら丈夫なiphoneでもこんなになっちゃうよ。
この話を聴いた友達からこんなメイルが来た。
ジョージさん、大変だったね><
大事なiphon落っことして粉々?!
そんな経験めったにないよね><
でも、何かの厄祓いだったんだよ、きっと。
大事なものが壊れる時って、なんかそういうことって感じがしてる。
高いものだたらショックだろうけど、厄を祓ってくれたと思って、元気出してって言って^^
厄祓いってわかるかな?(笑)。
From my friend Kuriko.
庭にある梅の木が咲きました。
春がちかずいてきましたね。
今年はどんないいことがあるんだろうね。
A Very Sad Day For Me!
テレビではアングラのアーティストだと彼女のことを言ってたけど。そうかな?
俺は、本当のオリジナルアーティストだと思っていた。
もう一度ライブを見たかったな。

So Long!


Taken From Rockin' Surfin' Message Drawing By Kamayatsu

Debut Album

TESTRIDERS on Stage

TESTRIDERS on Stage
THUMBS UP忘年会さいこう!
最初にでたのはBen And The Groove!
Next up was リブサン、up next was THE TEST RIDERS. The Japanese Rolling Stones.
でも最後に飛び入りだったチンタとアンサンにはみんな負けちゃったよ。ギター一本とアンサンのパーカションだけで客を乗せてしまった。
Dance, Dance, Dance

Chinta and Ansan

The crowd!



Tatsuno chan's page.
今、出ている「湘南スタイル」の樋口たつのちゃんの連載ページに、僕が描かれています。似ているかな?
何年か前にタツノチャンにCDジャケットを書いてもらったこともありました。
最初はこのEMIレーベルのウクレレアイランド、そしてその後VICTOR ENTERTAINMENTのウクレレウインターアイランド。かわいいよね彼女のイラスト。
彼女のホームページは…
<http://www016.upp.so-net.ne.jp/tatsuno/>

BUTCHER にケイソンのライブで顔を書いてもらっちゃった。
朝の始発電車も一緒に鎌倉まで…
2009/10月のON THE BOARD Music Column.
With Ray and Elodia in Nanakuli!
RAYMOND KANE/”Punahele”
いつ頃だっただろう? 俺の頭にはまだ髪の毛があって、おなかが引っ込んでいた。まだロングボ−ドは持っていなかったし…音楽プロデューサーという仕事をやっていた。まだ家族もいなかったから、生活は自由で楽だった。おっと、間違えないで、家族があることはすばらしいよ。また別の自由がある。でもその頃は本当に勝手に生きていた。みんなそんな時期はあるだろう? 好きな仕事をして、好きなときに休みを取っていた頃。
音楽プロデューサーは、ひと言でいえばレコードを作る仕事。俺が企画するアルバムはほとんどハワイアンだった。当時はジャワイイアンと呼ばれるジャンルで、ハワイアンとレゲエのミックスだ。実は心の奥底では、ハワイでアルバムを作れば、ついでにサーフィンできるなんて考えていたんだ。でもそんなこんなしていたら他のハワイの仕事も入るようになってしまった。
そんな仕事のひとつに、ハワイのテレビCMの音に
使う、オーセンティックなハワイアン音楽を見つけてくれという依頼があった。勢いでも仕事を受けてしまったけど、そういった音楽はまったく知らなくて途方に暮れた。ハワイでさまざまなギターリストに会ってオーディションもしてみたけど、なかなか見つからなかった。そんな時、あるスタジオのエンジニアが、いい人がいると教えてくれた。スラックキーギターリストのレジェンド、レイモンド・カーネさんだという。そこで俺は彼が住んでいたオアフ島の西側にあるナナクリという町までたずねていった。た観光客はほとんど行かないローカルな街だった。家を見つけて車を止め、ゲートから入ろうと思ったら、背の低いまるっこいハワイアンのおじさんが笑いながら、俺に向かって叫んできた。「車を乗って帰りたいんだったら、庭に入れた方がいいよ。ここら辺の若者達は知らない車にはイタズラするよ、特にレンタカーはね」

最初から抱きついてくるようなアロハのスピリットで、俺を受け入れてくれた。家に上がって、彼と彼の奥さんのエロディアと話し始めると、仕事の内容も説明する前から笑いながら彼はギターを出して、スラックキーギターのことを説明してくれた。そして彼は真剣な顔で、ギターを口にくわえてみてくれと頼んできたんだ。俺は冗談かどうかわからなかったので、ギターをくわえた。すると彼は弾き始めたんだ。ギターの振動が俺の歯を通って、俺は身体全体でスラックキーの音楽を感じた。彼に仕事の内容を説明すると、ふたつ返事だった。スタジオで2曲レコーディングし、仕事は無事におわった。そのあと俺はスラックキーギターのことを調べ始めたんだ。すると知れば知るほど、レイがどんな人かわかってきた。本当にハワイに住むスラックキーギターの最後の名人だった。それなのに、何にも知らない俺達に嫌な顔せず、全然偉そうな態度も取らなかった。それからというもの、ハワイに行くたびに彼に会いに行って生のギターを聞かせてもらった。彼の家のリビングで聴いたあのスラックキーギターは一生忘れられない。
でも気になることがふたつある。ひとつは最初の仕事で2曲レコーディングした時、ハワイの曲を注文したのに一曲はパリの歌だったこと。ハワイ語を分からない俺へのジョークだったのかな? そしてもうひとつ。俺にギターをくわえろって言ったのも、ジョークだったのか? 俺は最後まで、聞くことができなかった。
彼は2008年に亡くなった。アルバムをたくさんは出さなかったけど、この一枚があればいいというぐらい『プナヘレ』は本当のハワイのトラディショナルなスピリットを感じさせてくれるものだ。
CAP
これは20年ぐらい前だったと思う。彼と彼の奥さんと撮った写真だ